秘密の地図を描こう
55
目の前にいたのは軍人とは思えないくらい細い体躯の人物だった。
同時に見覚えがある。いったいどこで、と首をかしげた。
答えはすぐに見つかる。
「……あんた……」
あのときの、と呟く。
「うん……僕が、フリーダムのパイロットだったよ」
そう言って彼はふわりと笑みを浮かべる。それは、まるで手のひらの上で消える雪のかけらのように淡いものだった。
それに毒気を抜かれてしまったのか。顔を見たら言ってやろうと思っていた罵詈雑言はきれいさっぱり消えてしまった。
それでも、何かを言ってやらないと気が済まない。
こう考えて口を開こうとしたときである。
「ごめんね」
小さいがしっかりとした口調で彼はそう言った。
「守れなくて」
さらに小さな声で付け加えられた言葉に、シンの中で何かが壊れる。
「そう言うなら、何で!」
守ってくれなかったのか。
思わずそう叫んでしまう。
「マユはまだ……小さかったのに……」
やりたいことだってたくさんあったはずなのに、と続けた。
「……うん、ごめん……」
それに、彼は謝罪の言葉だけを返してくる。
先ほどよりも顔色が悪くなっているような気がするのは錯覚だろうか。
「……どうして……」
それでも、許せない。
どうして、守ってくれなかったのか。
「……あんた、なら、何でフリーダムに乗ったんだよ!」
それならば、黙ってみていればよかったじゃないか。言外にそう続ける。
「守りたかったからだよ」
彼はそう言葉を返してきた。
「僕は……強くない……」
ただ、MSを少しだけ上手く動かせただけ……と小さな声で彼は告げる。
「それでも、大切なものを守ることができなかった」
力だけあっても、何もできない。そう彼は続けた。
「それでも、それ以上失いたくなかったから……戦争を終わらせたかったんだ」
そのためだけに戦った。
だから、自分は英雄なんかじゃない。
「僕は……英雄になりたかったわけじゃないから」
間違いなく、それが彼の本音なのだろう。
「……でも……」
それでも、自分の家族を守ってほしかった。そうすれば、今でも一緒にいられたのに、とシンは呟く。
「君が僕を憎みたいなら、そうしてくれかまわないよ、でも、その感情を他の人に向けないでね」
こう言って彼はさらに笑みを深める。
「だめですよ! そんなことを言っていると、また入院する羽目になります」
いったいどこにいたのか。レイが慌てたように口を挟んでくる。
「……でも、守れなかったのは事実だから」
「いいんです! 俺としては、また倒れられる方が困ります」
彼でもこんな表情をするんだ、と別の意味でびっくりした。
「……馬鹿馬鹿しい」
目の前の光景が、ではない。
「あんたに八つ当たりしても、罪悪感しか生まれてこねぇじゃん」
まったく、と呟く。
「だから、最初からやめておけって言っただろう?」
ミゲルの言葉にうなずくしかない。
「とりあえず、これで厄介事は一つ片付きましたね」
にっこりと笑いながらニコルが口を開く。
「と言うことで、あなたは明日までに放置していたレポートを全部提出するように」
そういえば、そんなものもあったっけ……と思いながらレイへと視線を向ける。
「自業自得だ」
その視線の意味を的確に受け止めたのだろう。彼は即座にこう言ってくる。
「俺は手伝わないからな」
先にこう宣言されては、何とも言えない。
「自分で片付けるよ!」
こう言い返すのが精一杯だった。